うらがみ

illusted by TAKU BANNAI

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私は四十歳になった。うれしい。だってずっと前から四十歳になりたかったから。カート・コバーンが自死を選んだ二十七歳を越えたとき、自分が特別な人間ではなかったことを知ったし、三十歳ちょうどに子どもを授かり「私の三十代はこの子に捧げよう」と思ったが予想以上に捧げ甲斐のない息子で、三十代半ばで三十代に飽きてしまった。文筆家を生業にしている私にとって、三十代は小娘ぶるにはとうが立ちすぎているし、ベテランぶるには若すぎる。中途半端すぎる、それが私の三十代だった。

待望の四十代になった今、どんな変化があったのかここに書いておきたいと思う。

「雑誌を買うとき、理解しているフリして『GINZA』を手に取らず、正々堂々と『クロワッサン』を買うようになった。」
無理して若ぶらなくても良くなった。ていうか三十代半ばくらいから『クロワッサン』が便利情報多すぎて目からウロコだった。

「ドモホルンリンクルって40代からの基礎化粧品だっけ?と思いを馳せる。」
30代だよ‼️現実が見えるようになった。

「黒髪がナチュラルでいいよねとか、ロングヘアにしてみようかなと思うには時間制限があった。」
白髪が増えた今、金髪にしたいし、ロングへアにしたらパサつきすぎて欧陽菲菲になる。

「死ぬことが、ほんのほんのほんのちょっとだけこわくなくなった。」
食べるのも日常、死ぬのも日常。

最後の言葉は大好きな樹木希林さんの言葉。今まで手の中で大事に持っていたはずの主観的な命が、ほんの数センチ、手のひらから浮いて、すこしだけ俯瞰したような。生に貪欲だった私の命は終いに向けていよいよスタンバイしはじめたのか、もしくはずっと前から(生まれたときから)しらんぷりしていたものに目を向けられる勇気が備わったのか。

すると、死ぬことに怯え、一生懸命生きていた二十代、三十代が急に愛おしく思える。わたしが臨終を迎えるとき、走馬灯は二十代、三十代の時を見たいと思った。なりたくてたまらなかった四十代は分岐点だったのだ。過去を慈しみ、未来を恐れないための。ああ、生きるのがラクになった。

最後に、文字書きである私の目標をここで表明しよう。「豊か」「つながり」「縁」という言葉を使わないで文章を書くこと。他人任せの幸せなんていらない。自分本位が最高だ。四十代ビギナーは、死に向かって超前向きにサバイブする。祝え!私は四十歳になった。

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恐らくは堂々と、顔をあげて、振り返ることなく思春期の扉を開いて行った息子が、あろうことか戻ってきた。数歩歩んで戻ってきた。

あなたの思春期の日々…私から見れば、それは「喪」。「褻」(ケ)たる日常がずっと「喪」とはなんたる悲劇か。「うるせぇくそばばぁ」と吐き散らし、がつがつ周囲に当たり散らし、迷惑千万極まりない。ぷりぷりのお肌がニキビだらけになり、それにしてもこの時期の中途半端な男子の顔は本当に残念としか言いようがない。私にはわからない言葉を使い回して、パーンとドアを閉めて自室にこもる。ああっもうっっ考えるだけでもうっとうしい。

それでも。それでもこの日々に耐えられるのは、普通に話ができる日が来ることを知っているから。2年、3年、いやもっとかもしれないけれど、物事を対等に分かち合える男性として戻ってくると希望を持つことができるから。よいよい。何事も一人で戦ってきなさい。アイデンティティーの確立はそう容易くはないのだよ。その横に佇む母は「喪」の日々を耐え抜いたからこそ、生涯続く「晴れ」(ハレ)に身を浸すことが許されるはずだ!

なのに我が子は戻ってきた。満足したからではなく、ひょこっと忘れ物を取りに来た感じで。帰宅したそのまま台所で今日あったことをスマホ片手に話し続ける。一緒に風呂に入り、私の布団にも潜り込んできて、揚げ句人目もはばからず、ベットリ私にへばりつきシャトレーゼのシュークリームを食べたいとまくし立てた。家事が全くはかどらないレベルで息子が私の生活に登場してくるようになった。んんん?もしかしてこれは赤ちゃん返りでないの?私の愛、足りなかったの?

色々思うことはあるのだけど、心は千々に乱れているのだけど、平静を装っている。一先ず足りなかった母の単位は補うべく尽くすことに、ハイ。ぎゅっと抱き締めてもでかいなあ。いつからこんなに硬くなったかなあ。でも、どこかで喜んでいる私もいて、せっかくの母の決意が鈍る。離れていくこどもは追うべきではないと自分に言い聞かせていたのに。ここから旅立たれたら、より一層ショックでない?大丈夫かなぁ私。

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濃くてナンボ

「恋しくてマンボ」ではない。そんな歌謡曲があったかどうかは知らないけど。
何が「濃い」のか?
それはズバリ男性の体毛であ〜る!
まぁいいから聞いてほしい。

先日、電車に乗っていたら男性向けエステの広告が目に飛び込んできた。所謂メンズエステなんだけど、キムタクが広告塔のようなソレではなくて。
『髭に悩むあなたに』とか『青髭とサヨウナラ』みたいな、主に髭脱毛を勧めるソレなのだ。こういう広告って男性向けの雑誌やコミックの巻末に載っているものだったのに。今や目に触れる公共の場所で堂々と見られるようになったのだなぁと、感慨に耽ってしまった…なんて事ではなくて! この広告をみて思ったこと。
「おいおいちょっと待て! 待ってくれ! 髭は男のシンボルだろう! 女にはないその髭に魅力があるんだぞ! なぜその髭を脱毛しようとするのだ! 早まるな! 目を覚ませ!」

晩ご飯の支度をしながらラジオを聴くのが日課なのだが、その日はキスマイのお三方(たしか北山くん宮田くん、二階堂くんだったはず)のトークで、内容は髭脱毛。なんと三人とも髭脱毛に通っているというではないか!しかも二階堂くん(もしかしたら千賀くんだったかもしれない)は20数回も通っていて、未だに鼻の真ん中だけ髭が生えてきてしまうと悩んでいるのだ。
なんてことをしてくれているんだ! 20数回脱毛しても生えてくる髭だろう? それはもう脱毛しなくていいではないか! その髭を君のチャームポイントにすればいいではないか! なぜせっかくのチャームポイントを自ら葬ってしまうのだ⁉︎

いや、分かるよ? 日々の剃り仕事から解放されたい気持ちも、ツルツルのお肌に憧れる気持ちも。女だって足やら腕やらVゾーンやら、そりゃあもうあらゆる場所を脱毛してるし? でもさぁ、でもぉ…でもぉぉ…なんだよなぁ。わたしは男性には濃くていて欲しいんだよなぁ。
髭だけじゃないぞ。胸毛だってババーン!と生えていてほしい。裸になった彼の胸元に顔を埋めたときに、そこにはやっぱり毛が生えていてほしいのだ。その毛を指先でクルンクルンと絡ませて遊びたいのだ。

うらがみの読者はほぼ女性だろうけど、声を大にして言わせてほしい。
男性諸君!
濃い髭が好きな女もいるんだぞ!
濃い胸毛が好きな女もいるんだぞ!
濃いスネ毛が好きな女もいるんだぞ!
初めて行ったライブハウスで胸毛に惚れてベーシストとの恋に落ちた女もいるんだぞ!
どうかその髭に、その胸毛に、そのスネ毛に自信を持って欲しい。
男は濃くてナンボなんだから。

(因みにわたしの夫、髭剃りは週に一回、胸毛なし、スネ毛はチョロリである。あぁ無念なり!)

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駅前のジムに通い出して、ご老人会員の多さに驚いた。 みなさんとてもお元気。顔見知りも多いようで、ロッカールームはいつも賑やかである。

「プールの工事早く終わって欲しいわねえ。」
「そうなのよ。あなた今日は何しに来たの?」
「ヨガ。あなたは?」
「お風呂だけ入りに来たのよ。」
「ヨガもいいけど、膝がねえ。」
「そうなのよ。私もお医者さんに水泳がいいって言われたわ。」
「やっぱり。膝に負担がないからねえ。」
「そうなのよ。膝がね。やっぱり水泳なのよ。」
「プールの工事早く終わって欲しいわね。」
といった会話があちこちで繰り広げられている。
私は髪の毛を乾かしながら『なるほど。高齢になっても水泳は続けやすいんだな。』と心の中でつぶやく。

「きれいな髪ねえ。」
隣を見ると、私の隣にいる若い女性がおばあさんに話しかけられている。
大抵の若い女性はバスタオルできちんと全身を巻いていて髪が長い。
「ありがとうございます。でも乾かすのが大変で。」
「私もね、昔はとても髪が長かったのよ。腰くらいまであって。」
「そうなんですね。いつ頃ですか?」
「小学生くらいのときかしら。切ろうとしたら、あまりに長いから学校の先生が集会にしてしまってね。」
「え、断髪式ですか?」
「そうなの。おかしいでしょう?」
「どのくらい切ったんですか?」
「もう、ばっさり。おかっぱにして。」
「え〜!切った髪の毛はどうしたんですか?」
「かつらにしたのよ。」
『ヘアドネーションですね。』と私は心の中で相槌を打った。
「家に帰ったら、父が泣いてね。」
「え、お父さんが?」
「そうなの。短い髪の毛の私を見て泣いたの。」
「えー!泣いちゃったんですね!なんでだろう〜?」
そこで若い女性のドライヤーの電源が切れて、会話が終わった。

私も支度を終えてジムを後にした。自転車に乗りながら、どうということもない思い出がふわふわと浮かんでは消えていくのを味わう。
坂を降りると大きな緑色のスーパーの看板が見える。
さて、今日の夕飯は何にしようかな。